春を待ちながら

小寒ですよね〜


冬至を無事に乗り越えて、日が長くなるという事はこれからは気温も高くなっていくのだと、毎年2月ぐらいが一番寒いというのは知っているけれどもなんとなくそんな気がしていたけれども、小寒についての知らせを目にする度にその様な現実逃避淡い期待は打ち消されていく。


まだしばらく寒いのな。分かった。


大丈夫。



IMG_2752.jpg
庭はまだまだ雪が積もっていて、暖かい日には少しずつ溶けていくけれどもまた降って、積もって、その繰り返し。
東北生活一年目にして洗礼というか、地元の人の話しでも厳しめな冬の様なので、良い経験といえば良い。

今朝はそして、そんな庭に猫ピャンが来た形跡が。
足跡が見えるでしょう?



<ちょっと通るわよ。




今日はそんな中、お正月に読み切れなかった本を返しに図書館に行きました





IMG_2751.jpg
図書館の敷地内、駐車場から建物の入り口まではこのようにスケートリンク状態。
足元に気をつけながら図書館に向かう人々。

結構、主要な道路や施設なんかは、機械で除雪した跡があるんだけど、ここはたぶん、この駐車場が日陰なのかな。
それで、広いしやりきれないから、そういう作業は諦める事になってるのかもしれない。
公共の施設なのに除雪をしていないという事は。




ここを歩きながら、東京で雪が降る度に北国出身の人から「何をこれしきの雪で」的な事を言われたのを思い出して。



今ならその気持ちが少し分かるかもしれない。
こういうところを歩くのが全くもって当たり前になったし、車も自転車もガンガン走ってるし、そういうのを日常的に見て、経験してるとね。
雪には慣れるよね。
たった一ヶ月くらいでこうなんだから、長い間暮らしてたら余計にそう思うよね。




今日はこういう本を借りて来たんだけど。


北欧の挿絵とおとぎ話の世界



北欧の、キリスト教が入ってくる前の信仰に根ざした民話や、その後派生してくる童話などの挿絵作家がたくさん紹介されてるんだけど。
どれもどこか陰鬱で、冬が長い北欧でしか生まれないのだろうな、という雰囲気なの。
題材になってる物語も、どれも陰鬱だしね。
結構、呪いがかけられたり、悲劇的な最期を迎えたり。
これって、寒さと何か関係があるのかな。
あるよねきっと。気分的に、ずっと寒くて日もあまり照らないし、森は暗くて怖いし、そういう気持ちになるよ。


これが、今の生活環境に非常にフィットするんだな。
そこは現代日本だし、陰鬱という気持ちにまではならないけど、春を待ってじっと耐えているというか、生命活動の度合いとしてはレベルをグッと落として、息をひそめているみたいな感覚がすごくあるから。
いい本だ。
今このタイミングで見る事が出来て、北欧のこの、ユーモラスな中に陰鬱なものがあるというのがとても生々しく感じられて良かった。



IMG_2746.jpg
今住んでいるところは、遠くにこのように霊峰・早池峰山が見えて、今日みたいに天気のいい日には特に、非常に神々しい雰囲気を醸し出してくれているんだけど。
山が視界に入ってるっていうのは何となく、神を身近に感じることに繋がると思うよね。
富山に行った時にも思ったけど。
それぞれの土地にその場所で最も高かったり、神々しい美しさを持っていたり、色んな観点からの特別な山があって、地元で古くから信仰の対象になってたりするでしょう。

どの様に捉えるかは人それぞれ、どれだけ長くその場所に暮らしているか、家族代々にわたってその影響を受けて来てたらまた違うだろうし。
自分みたいな、まだこの土地に来て日が浅い、そして山がすぐ目の前ではないけれども間違い無く視界に入る場所にあって、アンテナに引っかかってくるという立場から言わせていただくと、


ヴァイブスを感じる


みたいな感じかな。
なにかこう、独特のヴァイブスがあって、それがここまで伝わって来てるのを確かに感じるよね。
自然からのそういう振動は本当に凄い。
星や月もそうなんだけど。



本能的にそういう場所で毎日暮らしたいとずっと思い続けて来たから、この環境に来られて本当に良かったと思って今ワナワナと感動に打ち震えながらMacbookProのキーボード叩いてる



春を待つというのは、今は何も出来ない、という寂しい気持ちではなくて、寒い場所で冬の間にしか感じられない特別な感情なのかもしれないよね。





スポンサーリンク